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| 「三間のお稲荷さん」 |
| 地元の人から「三間のお稲荷さん」として親しまれている龍光寺。その由来は、大同二年(807)二月初午に、お大師さまがこの地に霊場を開きに来られた時、稲束を持った白髪の老人が現れたことから始まります。この老人は「われこの地に住み仏法を守護し、諸民を利益せん」といい残したまま姿を消しました。お大師さまは、この老人こそ五穀大明神(稲・麦・粟・稗・豆を五穀)の化身と思われ、その尊像を彫られ、お堂を建てて丁重に安置しました。そして稲荷大明神と名付けて四国霊場の総鎮守とされ、農家の守り神として広く信仰を集めました。その後、明治の神仏分離令によって氏神社となり、本地の十一面観世音が本尊となりましたが、お大師さまが勧請された明神はお大師さまと切り離すことはできないと、新しく建てられた龍光寺の本堂に安置され、ずっと信仰されたということです。 |
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