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| 「久万町のいわれ」 |
| 大宝年間に、文武天皇の勅願によりお寺が建てられたので、その時の年号をとって大宝寺と名付けられたといいます。大宝寺のある久万町は、門前町として発達した高原の町で、土佐街道の宿場町でもありました。この久万町の名前にまつわって次のような話が伝わっています。お大師さまが八十八ケ所をつくられた時、大宝寺を霊場に加えられました。その際、寺の近くに住むお久万というお婆さんから、お茶の接待を受けたのです。あ大師さまは大変喜び、お久万婆さんに何か願いごとはないかとたずねました。お久万婆さんは答えて、「山の中のこの地が後々まで栄える事が望みです」といいました。お大師さまは、きっとその望みはかなうだろうといわれ、この地を去りました。その後、言葉の通り栄えるようになり、土地の人々はお婆さんの名をとって久万町としたということです。 | ![]() |