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| 「義農孫兵衛」 |
| 昔、この地方の庄屋に孫兵衛と言う人がいました。孫兵衛はいつも、毎年の年貢を軽くして、農民たちが少しでも楽になる方法はないかと考えていました。そこへ、代官所から池普請のお触れが出て、一帯の農民たちが夫役にかり出されました。孫兵衛は農民たちを集めて、お粥を竹筒に入れた弁当を持って行くようにいいました。弁当の時間、農民たちがお粥を飲んでいるのを、巡視にきた代官が見て、お酒を飲んでいると思ったのです。すぐに庄屋である孫兵衛が呼ばれ、代官からしかられましたが、お粥入りの竹筒を代官に見せ、農民の苦しさをいろいろと訴えました。驚き同情した代官は殿様に伝え、特別に年貢米が軽減されたのです。このため、後の享保の大飢饉の時もこの地方では一人の餓死者もなかったといわれ、いまも孫兵衛の墓は延命寺にあって、命日には供養が続けられています。 |
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